「自立」とは、
他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。
「障がいがある方の自立」とは、
「自己決定の自立」や「個性や尊厳の自立」
または自らの意思によって、人生で起こりうるさまざまな苦難や危険を冒す権利を持つこと。
更には、いかなる障がいがあっても当事者自身が人生の主役であり、
その人生において自ら決定することを最大限に尊重されること。
日本での自立に対する捉え方は、
自分のことは自分でするといった「身体能力の自立」や本人自身の生活あるいは世帯主として家族を支える
「経済的自立」といったことが一般的な自立の概念です。
「働かざる者食うべからず」「穀潰し」といった過去の時代の言葉に表されるように、
資本主義国家としての命題である生産性が根底で重要な要素となっているのがわかります。
戦後の日本では、
働くことを基本とし、職業的自立を目指すことに力を注いできました。
就労が可能な者は「更生」を目標に掲げ、
不可能な者については施設等で「保護」することを基本に障がい者施策が行われてきました。
しかし、1964 年(昭和 39年)の東京パラリンピック以降、
客体的に保護する存在と捉えられていた障がい者が、
主体的存在としての位置付けで社会改革運動を行い、新たな社会づくりを展開したことで一変しました。
それは、
主体的に人生を生きようとする障がい者の自立が社会の注目を浴びたからです。
障がい者が他の手助けをより多く必要とする事実があっても、
その障がい者がより依存的であることには必ずしもならないという考え方です。
また、1981 年の国際障がい者年以降、障がい者の自立の概念は大きく変化しました。
一般的にイメージする日常生活の自立が絶対的なものではなく、
あくまでも相対化されるものであることを意味するようになりました。
この自立観はとりわけ、身辺自立が不可能とされるような障がいがあっても、
当事者の自己決定によって社会資源を有効に、効率よく利用、管理することで、
一人の障がい者の生活全体の質を向上させることが可能であることを意味するものです。
客体的な保護の対象ではなく、
人生の主体者であることを周囲の人たちが認めることが重要です。
障がい者は哀れみの対象ではなく、
当たり前に普通の生活を営み、諸々のサービスやサポートを受け、
人生を生きていく権利を認める社会であることが障がい者の自立を可能にする不可欠な要素です。
ノーマライゼーションへの道程「障がい者の自立生活」-おやさと研究所 (参照)